大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福島地方裁判所 昭和27年(ワ)64号 判決

原告 阿部義次

被告 国

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告は、「被告は、原告に対し金六百円を支払え。」との判決を求め、その請求の原因として、原告は、福島弁護士会に所属する弁護士であるが、昭和二十七年二月一日福島簡易裁判所は、訴外荒木義雄に対する窃盗被告事件につき、原告を同被告人の弁護人に選任し、審理を遂げた結果、同月二十五日判決の言渡をしたので、ここに原告の国選弁護人としての任務は終了した。

ところで、荒木は、その間福島刑務所に勾留されていたが、同刑務所は、福島市南沢又地内に存し、原告の事務所もしくは福島市の中枢部から約七粁を隔て、汽車、電車等の交通機関を利用しても、刑務所に最も近い停留場からなお二粁ないし三粁の距離があり、その間何等の交通機関もない。しかも、刑務所に達する約三粁の間は僅かに自動車によつてのみ通行しうるほどの悪路である。そこで、原告は、職責上荒木と会い調査を遂げるため昭和二十七年二月四日福島貸切自動車株式会社の自動車を傭つて同刑務所にゆき、その往復の車賃金千二百円を支払つた。もつとも、原告は、その際別の事件の被疑者とも会つているので、右支出金の内金六百円が、荒木のために要した費用である。

もとより、裁判所が、刑事訴訟法の規定に基き、弁護人を選任するのは、公法上の行為ではあるが、選任された弁護人は、弁護士法第三条に規定する官公署の依嘱によつて法律事務を処理するに外ならないのであつて、右依嘱に基く国と弁護人との法律関係は民法所定の委任であるから、委任者である国は、受任者である弁護人が、当該事件において必要とした費用を償還すべき義務がある。

もつとも、刑事訴訟法は、国選弁護人は、旅費、日当、宿泊料及び報酬を請求することができると規定しているだけで、必要費を請求することができるとの規定はないが、もしこの故にかかる必要費を民法所定の委任の規定によつて請求しえないものと解するならば、国選弁護人の制度は、名あつて実なく、ひいては憲法第三十七条の規定に違背する結果となるであろう。

原告は、何等ためにする意図を有するものではないが、本件必要費の問題は、福島市在住の全弁護士が、早晩逢着する問題なので、これを放置することを得ず、ここに原告は、被告に対し金六百円の支払を求めるため本訴に及んだものである、と述べた。

被告は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は、原告の負担とする、との判決を求め、原告主張の事実関係は、すべてこれを争わない。しかし、刑事訴訟法第三十八条の規定によれば、国選弁護人が、国に対して請求し得るのは、旅費、日当、宿泊料及び報酬に限られ、いわゆる実費には及ばないことになつている。また、国選弁護人の選任は、むしろ公法上の法律関係であるとみるべきであろうから、当然には、民法の規定は、適用されないものというべきである。仮に、選任行為が、民事上の委任であるとしても、刑事訴訟法第三十八条の規定は、民法委任の規定の特則と解すべきであるから、民法の規定に基いていわゆる実費の償還を求める原告の本訴請求は、理由がないものと考える、と述べた。

三、理  由

原告の主張は、要するに、刑事訴訟法の規定に基き、福島簡易裁判所より被告人荒木に対する窃盗被告事件の国選弁護人に選任されたが、調査の必要上荒木に会うために、自動車賃金六百円の支出を余儀なくされたから、民法委任の規定に基き、これが償還を求めるというのである。

もとより、国選弁護人は、当該事件において、弁護活動をするに当り、諸種の費用を要することは、いうまでもないところであり、一方国選弁護の制度の目的が、被告人を保護し、ひいては裁判の公正を企図するにある以上、いわゆる必要費を当該弁護人に負担させることの不当性は、これまたいうをまたないところである。しかしながら裁判所のなす国選弁護人の選任は、裁判の形式においてする処分、すなわち訴訟行為であつて、裁判所もしくは国と当該弁護人との間に委任契約を結ぶわけではないのであるから、選任の結果生ずるところの法律関係についても、民法委任の規定は適用がないものと解するのが相当である。このことは、刑事訴訟法第三十八条第二項、弁護士法第二十四条など民法第六百四十八条、第六百五十一条などの委任の規定に反する条項が設けられているところからも、よういに理解されるであろう。

ところで、刑事訴訟法第三十八条第二項は、国選弁護人は、旅費、日当、宿泊料及び報酬を請求することができる、と規定しているのみであつて、必要費を請求することができるとの規定はないから、あるいは、必要費は、これを請求することができないのではないかとの疑問を生ずる余地がないでもない。しかし、ここで考えてみなければならないことは報酬とは何であるかということである。普通一般法である民法やその他の法令は、随所に報酬という語を使つているが、報酬に定義を与えている条文は存しない。いま試みに、裁判所が選任する(1) 検査役(2) 破産管財人(3)人事訴訟手続法第二条第四項の規定によつて選任する弁護士についてみると、(1) 及び(3) に対しては、非訟事件手続法第百二十九条の三、人事訴訟手続法第二条第五項の規定で、報酬を与えしめることができると規定しており、(2) に対しては、破産法第百六十六条の規定で破産管財人は、費用の前払及び報酬を受けることができると規定している。検査役に選定された弁護士には、報酬を与えしめると規定しているだけだから、旅費、日当、宿泊料及び費用は与えることができないと解釈する者は一人もあるまい。これらの諸費用は、総べて勘案されて公正妥当な報酬額が決定されるのであるから、報酬のうちに包含されるものといつて差支ない。また破産管財人については、報酬と並べて費用のことを規定しているから、報酬のうちに費用が含まれないことはむろんのことである。このように報酬には一定不変の概念があるわけではなく、各個の場合場合に応じてその内容がちがつてくるのである。刑事訴訟法の前掲条項によれば、旅費、日当及び宿泊料が報酬のうちに含まれないことは明らかであると同時に費用が報酬のうちに勘案されるべきものであることも多くいうをまたない。刑事訴訟費用法第七条は、旅費、日当及び宿泊料につき、その給すべき金額に一定の基準を設けているが、その報酬の額については、裁判所の相当と認めるところによると規定している。これはむろん報酬の額を予め定め得ないからでもあるが、法は、事件の難易、開廷回数の多少、弁護人の支出した費用その他一切の事情を考えて、最も公正で妥当な金額の決定を裁判所の裁量に一任したものと解すべきであるから、国選弁護人の支出した必要な費用は、当然裁判所が決める報酬の額のうちに織りこまれることになるのである。

これを要するに、国と国選弁護人との法律関係は、先きに述べたとおり、民法所定の委任をもつて律すべきものではないから、委任であることを前提とする原告の本訴請求は、失当であつて、これを棄却すべきものである。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤規矩三 菅家要 篠原弘志)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!